さあもっと近付いて、
もっと、もっとよ、もっと、

















「…アリババくん」
「?はい」
「…楽しいかい?」
「はい、もちろん!」


そうか、楽しいのか。それならば良かった。
苦笑するシンドバッドに気付いているのかいないのか、アリババはかれこれ一時間程ずっとシンドバッドの髪をいじっている。時に結び時に梳き、そうして今は手触りを楽しんでいるようだ。


「はぁ…本当にシンドバッドさんの髪って綺麗ですよね」


感嘆の息を吐くアリババは艶の行き届いた長い髪にうっとりとした視線を向ける。前々から時折こうした視線を遠くから受けていたが、それは自身への憧れだとかそういった念から来るものだと思っていたシンドバッド…しかしいざ改まって告げられたのは髪に触っても良いかという願いであった。初めは驚きに固まる他無かった。しかし目の前でやはり駄目かと眉を下げるアリババを見て、シンドバッドは知らず構わないと頷いていた。
心のどこかでようやく告白してくれるのかと期待していた自分がいて、シンドバッドは落胆から拾い上げたその想いに一人で落ち込んでいた。

…きらきらとした表情で見上げてくる少年が気になり出したのはいつだったか。ああも純粋に好意を向けられて心が全く傾かない訳もなく、いつしかシンドバッドはアリババを目で追うようになっていた。全身で好きだと、尊敬していると伝えてくるアリババを愛おしむ自分を自覚した時、シンドバッドはある一つの誓いを立てた。それは自分からこの想いを口にはしない…つまり恋情も愛情もアリババに伝えることはしないというもので。シンドバッドは自ら想いを伝えることでアリババに逃げられるかもしれない可能性、そして彼にとってまた特別な存在である自分が伝えることでアリババ自身の想いが定まらない内に決定が下されるかもしれない可能性、その他大小はあれど様々な可能性に行き当たることに思い至ったシンドバッドは、己の口を閉ざすことに決めた。いつか気付きを経て、アリババ本人が自分を選んでくれることを端に僅か願いつつ。

…それが何故今こうなっているのか。




「シンドバッドさんの髪の毛って手入れが行き届いていますよねぇ。女の人でもこうまで長く綺麗な人ってそうはいませんよ」


つやつや、すべすべ、ほんとう綺麗。
にこにこと笑いながらアリババはシンドバッドの髪を褒める。この一時間それの繰り返しだ。シンドバッドは次から次へと出てくるそうした褒め言葉にどう返せば良いか分からず、たまに「ありがとう」だとか「そうか」といったような言葉しか紡ぐことが出来ないでいた。アリババはけれどそんなシンドバッドの反応を気にした様子もなく、また褒め言葉を延々連ねていく。

どうするべきかとシンドバッドは遠い目になるのだ…が、こうも長い時間飽くことなく自身の一部に触れられているとどこかむず痒く感じてしまう。それも楽しそうに愛おしそうに目を輝かせながらアリババはいじり続けるのだ。あらゆる思いが折り重なり複雑に感じるのも無理からぬことで。



「俺、シンドバッドさんの髪大好きです」



満面の笑みを咲かせながらそんな風に零され、シンドバッドは痛む頭のままアリババを引っ張り抱き締めた。


「へ、ぇ、!?」
「…アリババくん」


シンドバッドはアリババを抱き締めながら、はぁー…っと深いため息を吐いた。


「君は俺の髪だけが好きなのかい?」

"だけ"を強調して問い掛けるシンドバッドに、アリババは困惑しつつも首を横に振った。その反応にシンドバッドは僅かに表情を緩め、また一つため息を吐いてから改めて抱き締める腕に力を入れた。


「ぅ、あ…あの、シンドバッドさん?」
「…今だけ、」
「ぇ?」
「今だけ少しこうさせてくれ」


ぎゅうっとアリババを抱え込むシンドバッドのらしからぬ様子にアリババは黙って頷く。しかしそんな静かな反応とは裏腹に、アリババの顔は赤く染まり跳ね上がった鼓動もしばらく落ち着く様子を見せない。


(顔…熱い…)


せめてシンドバッドの腕が緩む頃には落ち着いていて欲しい。高鳴る心音と上昇する熱を思いながら、アリババは想い人の腕の中で固まっていた。




















もっと近付いてまだ足りない
(果たして二人が並ぶ日はいつになることやら)



***





六花さん、この度はリクエストをありがとうございました!甘めのシンババとのことでしたが、あまり甘くなくて…うわああ本当にごめんなさい!

シン→←ババなお話で、実にリクエストに沿えていない感満載ではありますが宜しければ受け取ってやって下さい。勿論苦情は四六時中受け付けております!


それではリクエストをありがとうございました!相互感謝です!!


(針山うみこ)